IE9ピン留め

コベントガーデンと日本庭園

70年代前半は、電子機器と自動車産業で日本の会社が
グローバルな役割を果たす前だった。

当時、ロンドンの日本人社会は、まだまだ小さく
大使館関係者の他に、総合商社から派遣された数人と一握りの学生だけだった。

70年代は、コベントガーデンの変貌期。
何世紀もの間、地域を支配していた古い青果市場は引っ越し、
都市の再開発が、始まりだしていた。

人々の間では、由緒ある建物を保存するか否かの論争へと発展し、
都市再開発は、一時中断を余儀なくされたのだが・・・
結局、コベントガーデン駅からさほど遠くないその大きな一区画は、
更地となってしまったのである。

ある日の事、
中国人の建築家が、そこで日本庭園を作庭するよう発案した。

当時のコベントガーデンでは、ごく少数の人々しか日本庭園の知識を持ちえなかったが、
再開発計画論争中におけるその発案は、
空き地の有効利用について、開発者に訴えていたコベントガーデン地域自治会の人達に、
とても指示されていることが判った。

私は、私を含むボランティアの面々と共に、余暇を利用しながら
その用地での活動に、時間を費やした。

日本に存在する庭園とは比べものにならなかったが、
ロンドンにおいて、日本庭園を造園させた業績は、
革命的であり、且つ人々を奮い立たせた思想として立証されたのである。

庭園は1973年頃に開園し、
後にオフィス、店、およびアパートに建て替えられた1979年頃まで存続した。

天気が良い時など、人々が昼食をとったりピクニックに興じたりと
人気の場所となったのは言うまでもない・・・。




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12以上の国と地域から、上質の茶葉、茶花、ハーブティーを販売。
今までに味わったことのない、珍しいteaの世界へ。
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# by davidkilburn | 2009-05-05 19:26 | 日本庭園

初めての日本料理とお茶

私がアジアンティーを独学して暫く経った頃

オックスフォード通りの少し北にあるクリストファー プレース内に
ロンドンで最初の日本料理店「ヒロコ」がオープンした。

私はそこで初めての寿司を味わい、満喫したのだが
普段使いの店として通うには、高価すぎると感じていた。

その後1972年、
私が住んでいたコベントガーデンの近くに、ロンドンで2番目の日本料理店
「庵治邑:Ajimura」がオープンした。


<庵治邑が営業していた場所ー現在:kulukulu sushi>

その店を気に入り頻繁に通う内に、オーナーである オカダ ススムと私は
いつしか親友になっていった。

私はオカダから、日本料理の真髄や日本茶の味わい方を聞き学んだ。
「庵治邑」は、私が日本の料理やお茶の理解力を高める手伝いをしてくれていた。

茶道を、私に初めて教えてくれた人達
閉店してから、どれだけの月日が経ってしまったことだろう・・・


英国には
茶道のようなものは存在しない。
もちろんお茶を入れてお出しするために準備はするのだが、
形式張らず、機能的なものに過ぎない。

茶道は、
哲学的で且つ道徳的な理念に通ずるものがある。

私にはそれはとても不可思議なものに見え、興味を抱かせたのだった。






# by davidkilburn | 2009-05-04 07:28 | tea

アジアのお茶との出会い

日本と云う国に興味を抱いたのは、お茶への興味よりも前のこと。
大学を卒業してロンドンに住み始めてから、お茶への関心事が芽生えたのである。

当時、私の世代の多くは、コーヒーを嗜好していた。
私も同様にコーヒーを嗜み、ロンドンのソーホーのオールドコンプトン通りにある
小さな店「アルジェリアン コーヒー ショップ」で、豆を購入したものだ。

その店は、同じファミリーオーナーのもと、1960年代の前半の佇まいそのままに
未だそこにある。



「アルジェリアン コーヒー ショップ」では、コーヒー豆以外にも、
ジャスミン、ガンパウダーグリーン、キームン、オレンジブラッサムウーロン等
セレクトされた中国茶を売っていた。

私は、このようなお茶を今まで観たことがなく
その陳列されたお茶の中でも幾つかは、直ぐに私の目を奪われるものとなった。

その時幸運にも、お店の人は私にお茶の入れ方を教えてくれたのだが・・・

もし、何も聞かずにお茶を入れようものなら、
私はそのお茶に、ミルクや砂糖を入れ英国式にしてしまったであろう。


いつしか、お店で手に入れたお茶の味は私にとって、とても好奇心をそそる
存在となっていた。
私のそれまでの人生において味わったお茶とは、全く異なる味のものとして。


私は、これらのお茶について、もっと知識を得たくなったのだが
当時はインターネットも無く、お茶に関する本なども非常に少なかった。
お茶の知識を付けるのは、どれほど困難であったことか・・・



# by davidkilburn | 2009-05-03 21:06 | tea

日本との出会い

1960年代初頭は、イギリスで私が学生時代を謳歌していた頃・・・

私は、大学で勉強する傍ら、映画のサークルに
所属していた。
映画を知れば知るほど持ち前の探究心も功を
奏し、気付けばサークルのリーダーになっていた。

大学の試験が終わったある夏の日
ロンドンで日本シネマフェスティバルが
開催された。
公開された日本映画で、英語版サブタイトルが
ついていたものは全部で15作品。
私は、この機会にサークルのメンバー達と共に、
日本映画を鑑賞した。

初めて観る日本、初めて触れる異国の文化。
私は、この「日本」という国に、この上ない興味を抱いたのである。

その15作品の中に最も印象深く、今でも一番のお気に入りとなった映画に

小津安二郎の「東京物語」が有った。

作品で描写された小津監督の哲学、
低いアングルでの絶妙なカメラワーク
俳優の控えめな演技

私は、その全てに感動したのを覚えている。

その時が正に、私が日本映画を通じてイギリスとの文化の違いを認識し、
日本文化に心を奪われた瞬間だった。

当時、イギリスの学校では、東洋の文化に関しての授業がなく、
日本に関する私の唯一の知識は、世界地図の位置と、私たちが学校で学んだ
第二次世界大戦の歴史のみ・・・。


「日本のこの洗練された文化は、西洋の文化に影響されることなく発展させたのだろう・・・」

この発見が、
「いつか日本を必ず訪問する」
と決めたきっかけになったのである。


学生時代のその思いから、私が初めて日本に来たのは
実に20年も経過してからの事。

しかし、その歳月に埋もれることなく、確実に日本映画は
1984年に私を東京に導いたのである・・・。



# by davidkilburn | 2009-04-18 16:56 | Japan

First recollection・・・

初めて日本を訪れてから、早25年もの歳月が経とうとしている。
世界中を旅し様々な文化に触れてきた私だが、
今は代官山でゆっくりお茶を飲み、四季の移り変わりを楽しんでいる。

英国人の私が何故、日本の文化を愛し今こうして日本で生活をしているか・・・

今日から、一杯のお茶を味わいながら、私の回想録を綴っていこうと思う。

# by DavidKilburn | 2009-04-18 14:38 | film

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